最近、〈パラレルワーカー〉という働きかたに注目が集まっている。複数の仕事場で活動し、そこで得られた知見を別の現場で活かす。それを繰り返して人間力を高めながら、会社や社会に価値を提供していくのだ。
今回は、現役〈パラレルワーカー〉の泉綾子(アヤコP)さんに、この新時代の働きかたにたどりつくまでの道程をうかがってみたい。そこに私たちが仕事と人生をおもしろくするヒントが眠っているはずだ。
カンフー少女がめざすはFBIの捜査官!

まずは子ども時代についてお聞かせください。
泉
一人っ子ということもあって、引っ込み思案の子どもでしたね。いま思い出しましたが、小学4年生のころ、お年玉つきの年賀はがきで8ミリビデオカメラが当たったんです。そのカメラでカンフー映画をつくりました。当時、『カンフーキッド』という映画をレンタルビデオ屋さんでたまたま見つけて、親に頼んで何度もくり返し借りてもらうほど夢中になりまして。もちろん、わたしはカンフーなんてできませんが、子どもが悪者をやっつけるというストーリーで、友だちや親を巻き込んで撮ったんです。
小学生のころは警察官になるのが夢でした。そのころ夢中になって観ていたアニメ『機動警察パトレイバー』の影響です。高校生になると「FBIの捜査官になりたい」という夢が膨らんできました。これは『X-ファイル』という海外ドラマに影響されています。「悪者をこらしめたりやっつけたりしたい」というよりは、「捜査や調査をして謎を解き明かしたい」という願望があったんです。どうすればFBIの捜査官になれるのか――それはムリだとしても、せめて海外で仕事をするにはどうすればいいかを考えて、中央大学の法学部国際企業関係法学科を受験したんです。そこで国際法を学ぼうと思いました。
実際は、早稲田大学社会学部に進学しましたね。
泉
はい。中央大学には落ちてしまいましたが、海外の仕事への憧れは残っていて、大学3年生になると、「開発経済学」を専攻するゼミに入りました。チームをつくり論文を書き進め、その成果を海外の大学で発表するのですが、これがまた大変で。1回目は韓国の高麗大学で発表があったのですが、現地の学生の質問にまともに答えられず、こてんぱんに打ちのめされました。英語でプレゼンをする練習を重ね、しっかり準備をしていったはずなのに、韓国の学生は優秀すぎました。そのリベンジ戦となるフィリピンのデラサール大学での発表はうまくいきまして、とてもたのしいひとときを過ごした憶えがあります。
アルバイトはしていましたか?
泉
NHKの国際部(報道局)でバイトをしていました。記者と話をするのがたのしくてしょうがなかったですね。デスクに「あいつに連絡しろ!」と言われたら、特派員のいるホテルに電話をしてつかまえたり。アメリカの大統領選挙(ジョージ=W=ブッシュが当選)があったり、ロシアのエリツィン大統領が突然辞任したりしたときは、報道局は“戦場”のようになり、とても興奮しました。
このアルバイトをきっかけに「将来は特派員になろう」と心に誓いました。
特派員志望者が超大手IT企業に就職!?

NHKの特派員をめざして就職活動をしたわけですね?
泉
ぜひともNHKの記者になりたかったのですが、アルバイトのコネはまったく使えず……。新聞社や通信社も可能なかぎり受けたのですが全滅しました。
一方で「マスコミだけではダメだ」とも考え、IT企業も視野に入れて活動しました。Windows98が発売され、インターネットが盛り上がりつつある時期で、採用枠も増えていたんです。最終的にNTTデータという大手のITインフラ会社に入社することになりました。
新入社員時代は、「バイトの延長」と軽く考え、ふつうに仕事もできるだろうと思っていたのですが、実際はまったくちがいましたね。金融機関のシステムをつくる部署に配属されましたが、仕事場では専門用語が飛び交い、なにを言っているかまったくわからないんです。すぐ上の先輩がすごく優秀な人で、そのぶんとても厳しく「なにを聞いていたんだ!」とよく叱られたのを憶えています。「自分はポンコツだ」という絶望感が深まっていきました。
でも、3年目ぐらいから会社の構造や仕事の全体像がわかってきて、できることが増えたら、おもしろくなっていきました。
その部署に8年ほど勤めたあと異動を申し出たそうですね。どんな理由があったのでしょう?
泉
ずっと同じ部署で働いていると「勝手知ったる」人たちばかりで、あうんの呼吸で仕事がまわっていきます。でも「それはよくない」と思い始めたんです。プロジェクトが一区切りついたところで異動を願い出ました。ただ、決断するまでずいぶんと悩みましたね。というのは、大きな会社なので、部署を異動するのは転職するのと同じくらい勇気が必要だったからです。
異動先は税関のしくみをつくる部署でした。学生時代に抱いた「海外の仕事への憧れ」からつながっている、といえるかもしれませんね。事前に想像していたとおり、前の部署とは勝手がまったくちがっていて、それまで積み上げてきたものがまったく通用せず苦労しました。
そこで取り組んだのは、貿易の法令遵守業務を簡略化するデジタルサービスの開発です。実現が難しいと言われていた事業でしたが、なんとか成功させ、年間の売上が15~20億円に達するところまでもっていけました。
その部署に10年以上勤めたあと、泉さんは課長に昇格するわけですが、その直後に会社を辞め〈パラレルワーカー〉の道を歩むことになります。いわば安定している大企業の課長職を捨ててまで、別の道を選ぼうとしたのはなぜでしょう?
泉
そのチームの仕事は、当時では珍しい新規事業の立ち上げでした。既存事業のように効率的な運営が難しい側面もあります。そのため、コスト面での課題があり、せっかくつくりあげた事業ですが子会社に譲渡することになりました。このときは我が子を失うような気持ちになりました。
課長には昇格しましたが、私が思っていたより裁量権が限られていて、人事や組織の都合が優先される場面が多くありました。そのうちに「わたしはなにをしているのか?」「わたしの果たすべき役割はなんだろう?」という疑問が大きくなっていったのです。
会社の外にならワクワクできる人生があるかも?

会社に疑問をもち始めたころ、ある人との出会いをきっかけに人生が変わったそうですね。
泉
会社に在籍しているころから、SNSなどで会社の外にキラキラした世界があることは目にしていました。「個人がこんな魅力的なプロジェクトを立ち上げて、社会にインパクトを与えているのか」と素直に感心したり。ただ、そんな生きかたに憧れはありましたが、「わたしにはムリ」「自分に立派なビジョンなんてない」と思って、どこか他人事でした。
そんなある日、「みんなの図書館(みんとしょ)」というプロジェクトをやっている人を見つけたんです。商店街の使われずに放置されているスペースに棚をつくり、ユーザーが棚のオーナーとなって好きな本を並べる。訪れた人は無料で本を借りていく。オーナーと本の借主との交流も生まれている。すると、閑散としていた商店街がいきなり活気づくんです。そんなプロジェクトを考え出し、カタチにしている人がいました。
ひと目見て「こいつはすごい!」と衝撃を受けました。サイトにアクセスしてみたら「ぼくの仕事を手伝ってくれる人を募集」という告知を見つけたんです。すかさず「わたしにもなにか手伝えますか」と連絡をとって会いにいきました。
その相手は、いまわたしと一緒に会社をやっている土肥潤也さんです。実際に会ってみて「なんとおもしろい人だ」と思いました。明確なビジョンをもち、口先だけでなく物事を実際に動かし成果も出している。
会社の中にはもう新しいワクワクはない。でも、会社の外にならあるかも。土肥さんと出会って、わたしはそんな想いをずっと抱いていたことに気づきました。
「もう管理職はいいや」と、会社を辞めることを決意しました。
そうして、〈パラレルワーカー〉としての人生が始まったわけですが、苦労したことや思惑とちがったことなどはありましたか?
泉
わたしがやっているのは、プロジェクトマネジメントだったり、小さなサービスをつくったりと、どれもNTTデータ時代に経験してきたことですから、特別な感じはしませんでした。ジャンルや領域はちがっても、全体像を描きタスクに落とし込んで実行していくのは同じですから。「うまくいかないなあ」と思ったことはこれまでのところありません。
いまは泉さん自身も〈パラレルワーカー〉のありかたを模索している時期だと思いますが、将来の展望などはありますか?
泉
黒鳥社の若林恵さんという方がいます。若林さんは書籍の編集を手がけているので狭義の編集者ですが、一方で音楽評論やイベントの企画など、世の中のモノゴトを俯瞰しながら独自の世界観で編み直している。広義の編集者ともいえます。わたしがめざしているのは、この後者の“編集者”です。
ただ、ここが難しいのですが、自分の世界観や独自の視点を前面に出したいわけではないんです。なにか特定の目的をもって、その実現のために行動しているわけではなく、〈パラレルワーカー〉として活動しているうちに多面的な視点・思考が養われていき、いろいろなプロジェクトに関わるなかで自然にその視点・思考が出てきて、人や社会に影響をおよぼしていく。そんな生きかたが理想だと考えています。
というわけで泉さんは、〈パラレルワーカー〉として活動するなかで得た知見を『パラレルワーカーの教科書』という書籍にまとめた。〈パラレルワーカー〉とはどんな働きかたなのか、自分の仕事や人生をどう実りあるものにしていくか、といったことがわかる本だ。
「私がパラレルワーカーになっても(いいの?)」「私がパラレルワーカーになっても(やっていける?)」などの疑問を抱いたあなたは、ぜひ『パラレルワーカーの教科書』を読み、人生をおもしろくしてほしい。
泉さんの書いた『パラレルワーカーの教科書』はこちら
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取材・文:米田政行(瑞乃書房) 撮影:布川航太